如月日記

二月に始めるから如月日記

無自覚レイシストでヒステリー持ちの母親とやたらと酒ばっかり飲んでる父親と暮らしてると遺伝子の具合が気になってくる。

 退屈な土曜日を消化するためだけに買った本が案外面白くて、さして居心地の良くないチェーン店のカフェでずうっと読み進めていた。

晴天

 とても久しぶりに天気が良くて清々しい。足元の薄く張った氷と、昨夜の円い月と、新しく買ったブルーグレーのパールのアイシャドウみたいな、およそお気に入りの綺麗なものが胸の内にあって、風通しの良い一日が始まりそうな気がする。

 今日も淡々と仕事するだけだけれど。

仕事納めの飲み会をドタキャンされた

 SNSやブログを定期的に書かなくなって久しい。なんだかハッピーな話題が無いのだ。やらかして落ち込んだり疲れ切ってイライラしたり溜め息飲み込んでばっかり。なので面白いこと書けないしフォロワーを不快な気持ちにさせかねない。

 嫌いな人が多すぎるのが問題なのだと思う。一緒に暮らしてる母親が嫌いだし先輩も嫌いだし、嫌いな同僚は他にもいるし、最近は十年来の友人さえもべたべたしつこくて嫌いになりつつある。煩い人が嫌い。人の話を聞かない人が嫌い。空気の読めない奴が嫌い。距離感の無い奴が嫌い。ちょっと構っただけで私に惚れる様なちょろくて孤独を拗らせたもてない男が大嫌い。己の孤独くらい誰にも迷惑掛けずに己で慎ましく処理なさいよ。私はあんたの所有物じゃないし彼女でもお母さんでもないのだよ。

 何もしてない時に、ちょっと話しかけにくいところあるよね、と云われてそんなこと無いのにと思ったことは少なからずあるけれども、今話しかけるな、とオーラを自らひしひしと発している時に限ってどうでもいい奴に話しかけられるのは何故なのだろう。

 お酒飲みたい。

 年末年始のお休みは長くて短い。

悪いけど

 ‪人のことお前って呼ぶ男って本当何考えてるの? 失礼だと思わないの? 所有物じゃないよ? それどころか付き合ってすらないよ?‬

夜空はいつでも最高密度の青色だ

 最果タヒ『夜空はいつでも最高密度の青色だ』を映像化した作品を観てきた。それなりに小さな映画館でひっそり上映されるタイプのマニアックな映画、という位置付けだと認識される。映画は批評できるほど各種観てきていないので、良し悪しは分からない。好きか嫌いか言うのも難しい。強いて言えば、感想は、きつかった。ただ、ここは東京ではないし、東京に暮らした経験もないから、主人公たちの孤独と焦燥とは理解し得ないのかもしれない。

 これは映画とは関係のない話だけど、観た後に初めて入った店舗のサイゼリヤでグラスのビールとドリアを頼んだらたっぷり三十分は待たされてようやくビールが出てきた。なおも、私って可哀相とは思わない。友達も恋人もいないから一人で映画を観て飯を食うという事実は認識している。

ときめき

 人に惚れてる暇がないし恋する時間が全然ないけど、ときめきの対象物がほしい。

京都へ

辛い仕事にご褒美もない時も

惚れた人が選んでくれない時も

不幸だった訳がわかっている今は

損しただなんてまるでおもわない

 

 と椎名林檎トータス松本が『目抜き通り』という美しい曲で歌っているが、私はまだそこまで達観できていない。大人はすごい。私はまだ子供だ。仕事は辛くご褒美(残業手当)もなく、惚れた人が選んでくれないどころかそもそも忙しくて人に惚れてる暇がない、とか思ってしまう。

 二ヶ月の勤務のご褒美に一人で特急の電車に乗って、とても好きな土地へ行く。

 青春に紐付けられた音楽を聴いていると泣きそうだ。アジカンとか。

日々働きたくなくなる

 毎日毎日2〜3時間残業するけど時間外勤務申請出せる文化じゃないから1ミリも残業代貰えないし、仕事量に対して報酬が見合わないのは近代物理学への冒涜である、みたいなことを登美彦氏もどこかで書いてはったなあと思い出す。

 毎日残業つらいし残業代貰えないのがもっとつらい、とこぼしたら、「ワタシはもっと遅くまでやってる」とか言って張り合う文化はなんとかなんないかね。あなたがつらくとも頑張れるラインと私がつらくて辞めてえと思うラインは関連づけられない事項だと思うの。

 勤怠記録ちゃんとつけてないけど、ざっくり計算すると月40〜50時間の時間外勤務。厚労省の定める過労死ラインって80時間だっけか。まだまだ死ぬには足りないけど、死なないと過労とは認められないからこの国は大変だ。

 もっと遅くまで頑張ってる人がいるのと同様に、同じ給与でもっと楽してる人がいるんだったら、楽してえ、と思うのが人情よ。

『坊っちゃん』

 語るに値する仕事は成していないけれどそれでもなんとか一か月働いた。初任給もいただいた。所得税もしっかり天引きされている。

 勤労と納税の義務を果たす大人になれればそこそこ胸を張って生きていけると信じたい。後はまあ、女だからそのうち結婚して子供を持てと方々から言われるのだろうけど、それを考えるのはもう少し後でいいや。

 今日はここまで!

 昨日の私は、たった二日しか出勤しない来週の私に面倒そうな仕事を全て投げつけて帰ってきてしまった。伝家の宝刀「今日はここまで!」の発動である。そういうことなので、私は来週が怖い。

 昨日の帰り道、バスを乗り継ぐために駅構内を歩いていたら、サンダーバードの乗車案内が聞こえた。電車一本乗り継ぎなしで京都へ連れて行ってくれるなんて、なんて素晴らしい。吸い込まれるように改札の前へ行くと、この春から設置された真新しい自動改札機が私と京都の仲を引き裂く。もし仮にクレカを改札にかざすだけで自由席の切符の代わりになる時代が来たらたぶんカード破産するから、あまり時代が進まないで欲しい、と変なことを考えながらその場を離れた。

 大人しく構内を抜けて路線バスに乗り、『坊っちゃん』を読みながら帰路につく。坊っちゃん、主人公が二十三歳四か月と言っていた。もしかしてほぼ同い年だ。新卒の社会人一年目というのも同じだ。私は彼ほど気性が真っ直ぐではないけれど、今まさに改めてこの本を手に取って読んでみて良かったと思えた。