如月日記

二月に始めるから如月日記

夜空はいつでも最高密度の青色だ

 最果タヒ『夜空はいつでも最高密度の青色だ』を映像化した作品を観てきた。それなりに小さな映画館でひっそり上映されるタイプのマニアックな映画、という位置付けだと認識される。映画は批評できるほど各種観てきていないので、良し悪しは分からない。好きか嫌いか言うのも難しい。強いて言えば、感想は、きつかった。ただ、ここは東京ではないし、東京に暮らした経験もないから、主人公たちの孤独と焦燥とは理解し得ないのかもしれない。

 これは映画とは関係のない話だけど、観た後に初めて入った店舗のサイゼリヤでグラスのビールとドリアを頼んだらたっぷり三十分は待たされてようやくビールが出てきた。なおも、私って可哀相とは思わない。友達も恋人もいないから一人で映画を観て飯を食うという事実は認識している。

ときめき

 人に惚れてる暇がないし恋する時間が全然ないけど、ときめきの対象物がほしい。

京都へ

辛い仕事にご褒美もない時も

惚れた人が選んでくれない時も

不幸だった訳がわかっている今は

損しただなんてまるでおもわない

 

 と椎名林檎トータス松本が『目抜き通り』という美しい曲で歌っているが、私はまだそこまで達観できていない。大人はすごい。私はまだ子供だ。仕事は辛くご褒美(残業手当)もなく、惚れた人が選んでくれないどころかそもそも忙しくて人に惚れてる暇がない、とか思ってしまう。

 二ヶ月の勤務のご褒美に一人で特急の電車に乗って、とても好きな土地へ行く。

 青春に紐付けられた音楽を聴いていると泣きそうだ。アジカンとか。

日々働きたくなくなる

 毎日毎日2〜3時間残業するけど時間外勤務申請出せる文化じゃないから1ミリも残業代貰えないし、仕事量に対して報酬が見合わないのは近代物理学への冒涜である、みたいなことを登美彦氏もどこかで書いてはったなあと思い出す。

 毎日残業つらいし残業代貰えないのがもっとつらい、とこぼしたら、「ワタシはもっと遅くまでやってる」とか言って張り合う文化はなんとかなんないかね。あなたがつらくとも頑張れるラインと私がつらくて辞めてえと思うラインは関連づけられない事項だと思うの。

 勤怠記録ちゃんとつけてないけど、ざっくり計算すると月40〜50時間の時間外勤務。厚労省の定める過労死ラインって80時間だっけか。まだまだ死ぬには足りないけど、死なないと過労とは認められないからこの国は大変だ。

 もっと遅くまで頑張ってる人がいるのと同様に、同じ給与でもっと楽してる人がいるんだったら、楽してえ、と思うのが人情よ。

『坊っちゃん』

 語るに値する仕事は成していないけれどそれでもなんとか一か月働いた。初任給もいただいた。所得税もしっかり天引きされている。

 勤労と納税の義務を果たす大人になれればそこそこ胸を張って生きていけると信じたい。後はまあ、女だからそのうち結婚して子供を持てと方々から言われるのだろうけど、それを考えるのはもう少し後でいいや。

 今日はここまで!

 昨日の私は、たった二日しか出勤しない来週の私に面倒そうな仕事を全て投げつけて帰ってきてしまった。伝家の宝刀「今日はここまで!」の発動である。そういうことなので、私は来週が怖い。

 昨日の帰り道、バスを乗り継ぐために駅構内を歩いていたら、サンダーバードの乗車案内が聞こえた。電車一本乗り継ぎなしで京都へ連れて行ってくれるなんて、なんて素晴らしい。吸い込まれるように改札の前へ行くと、この春から設置された真新しい自動改札機が私と京都の仲を引き裂く。もし仮にクレカを改札にかざすだけで自由席の切符の代わりになる時代が来たらたぶんカード破産するから、あまり時代が進まないで欲しい、と変なことを考えながらその場を離れた。

 大人しく構内を抜けて路線バスに乗り、『坊っちゃん』を読みながら帰路につく。坊っちゃん、主人公が二十三歳四か月と言っていた。もしかしてほぼ同い年だ。新卒の社会人一年目というのも同じだ。私は彼ほど気性が真っ直ぐではないけれど、今まさに改めてこの本を手に取って読んでみて良かったと思えた。

歓迎会

 職場で歓迎会を開いてもらい、偉い人と話す機会があった。

 生まれておよそ四半世紀になんなんとするがいわゆる偉い人と話す経験に乏しい。私が大学の時に所属していたサークルでは、部長や副部長はその師匠筋に当たる偉い人とこんこんと酒を酌み交わす場面も多かったと聞く。当時は大変そうだとしか思わなかったけれど、彼らは人生経験値が上がりそうな機会に身を置いていたのだなあと今更ながら思いをはせた。

 碌に敬語も使えないのに上司と飲食しつつ話さざるを得ない場面で、何より話題に困るのは目に見えていた。しかし新人に優しい上司の人は、私の拙い話にもにこやかに耳を傾け、しかも話題を振ってくれる。

 大学のこと、通勤のこと、趣味その他、当たり障りがなく和やかな会話が滞りなく行われた。上司も偉い人もとてもいい人だった。私は職場環境に恵まれたのかもしれない。

 今時は「どんな本読むの」という質問もハラスメントになり得るのだそうな。当たり障りのない会話というのは以外と難しい。

 

勤労乙女

 社会の荒野を走り出し、一週間勤めた感想の実務編は割愛する。何しろまだろくな任務を与えられていないので語るに値することは何もしていない。実務以外では、バス通勤に際して定期券を鞄から便利に出し入れするためのパスケースが欲しいのう、と思った。これはぜひとも週末に出かけて買わねば。ここはひとつカワイイものを購入して、バスに乗った瞬間からテンション高く荒野を走る、デキる勤労者たらねばならない、と金曜の夜にそんなことを考えていた。しかし。

 パスケース。市内に電車が通っていないこの町ではさぞかし需要がないのであろう、売っているものが少なくって、あんまりかわいくない。絶妙に趣味のものがない。長く使うものを買うなら「超絶気に入った! これがいい!」という出会いをしたいという面倒くさい性格が邪魔をして、結局買えなかった。無念。こうなるとamazonで選ぶとなろう。

 雑貨屋巡りをしていたとき、多くのお店で「母の日フェア」と称してコーナーを設えているのを見た。だいたいが、エプロンやミトンの可愛いのなど、キッチン用品であった。台所に立つ多くの母君へ、需要があるのであろう。

 働く母君へ贈る品の需要はないのだろうか。資本主義経済のなかで市場規模はまだ小さかろうか。働く御母堂へ贈る品としてパスケースや化粧ポーチや可愛いオフィス用品のコーナーがあってもいいのではないだろうか、と、買えないパスケースが欲しいだけの頭で若輩者は考えていた。

桜流し

 咲いたばかりの花を散らす春の雨を桜流しという。

 兼六園前、広坂の桜は、薄い白の花びらが重なって春の色を作っている。地面は濡れているが、まだ花は流れていない。良かった。バスの中から、ライトに照らされてもいない寡黙な夜桜を想像力で補って観賞する。

 

 この町の空は天井が低く、雲と霞の境がない。高い湿度もむしろ息苦しくて、狭い水槽のなかで空気を探してぬるい真水を泳ぐように息も絶え絶えである。

 春の夜の雨ってこんなに重かったっけ?

 去年の春はまだギリギリ京都にいたので、冷泉通や葵橋の桜を眺められた。雨の夜にも空気の軽さに春を思えた。

 京都にお越しの御仁にはぜひ、金閣清水寺なんていう人混みの凄いところは避けていただいて、鴨川や高野川の河川敷の桜を楽しんでほしい。

 金沢へお越しの御仁は、無料開放期の兼六園をどうぞ。

『マゾヒズム小説集』

 谷崎潤一郎マゾヒズム小説集』より「少年」を読んだ。

 これからは通勤で使うバスに毎朝小一時間揺られることになるから、アルバムが一つ聴けたり短編が一つ読めたりするらしい。そういうことで、一昨日は椎名林檎の「平成風俗」を、昨日は宇多田ヒカルの「ultra blue」を聴いて選曲を間違えた思いをし、そうして今朝は上述の通りの『マゾヒズム小説集』である。

 一言で言えば、また選択を間違えたと思った。超ストレートにマゾヒズム。十歳の少年の乳臭い感じが妙にどろっとする。既にお腹いっぱいです。コクトーの『恐るべき子供達』を読んだ時と似たような感じ、違うけど。

 朝に読むのはお腹に重かったけれど、でもたまにはこういうのもいい、春の夜の暑い時に続きを読みたい。

十八歳の本棚

 実家の自室の本棚が、十八歳のまま時を止めていた。

 やがて生まれてきて四半世紀になんなんとする女の本棚に、数学ⅡBやら赤本やら英作文の極意みたいな参考書が並んでいるのはいかにもまずい。ただの片付け下手の面倒くさがりと過去の栄光を並べてはばからないタイプとは紙一重と思われた。

 実家の自室の本棚は十八歳のままとして、十八から十九になるときに住んでいた京都の下宿は、可処分空間を圧迫してはばからない大きな本棚とその他家具が備え付けられた六畳だった。その部屋に一年住み、本棚には大学で買った教科書と数冊しか買わなかった新刊が並ぶ。

 その後引っ越して三年二か月住んだ部屋では、リサイクルショップで見繕ったカラーボックスを本棚にして、古本屋で買い集めた本が詰め込まれた。ほしい本が少し安く買えるというだけで、古本が好きになっていた。図書館好きの高校生であったがこの二回の頃から本の所有欲に目覚め始めた。

 郷里に戻って十八歳の本棚に直面し、面倒くさがって放置したのち、先日ようやく意を決して二十三歳の本棚に作り変えた。この五年間で買い集めた古本、新刊、教科書、最近増えた新しい本や画集も並ぶ。楽しい作業であった。

 マイブームの森見登美彦著作とお気に入りの村上春樹著作が目の高さの棚に並ぶ。その下の段に、いつか読もうと思って買った漱石と、ブックオフで見つけた谷崎潤一郎マゾヒズム小説集なるもの、向田邦子、昔ハマった万城目学、太宰、膝を打った新書、映画から入った海外小説など。積ん読もいつかは読むのでしれっと配する。配架という作業は楽しい。

 全面に森見登美彦を目立たせたせいで父上からは「さては社会に出たくない感じ?」とやすやすと正鵠を射られた。父上、ご明察の通り。あなたの娘は留年して泣きべそをかいていたこともあるくらい、社会に適応できるか怪しい子です。でも頑張ります。どうか温く見守っていただきたい。